2011年 2月 今月の法話

京都大学総長のお話      住職 島田 春樹
  
松本紘(ひろし)京都大学総長のお父様の祥月命日に昨年末、前住職がお参りした折にお話しいただい内容がすばらしいのでここにご紹介いたします。

新MMKの勧め
「地球の人口は紀元前2500年には1億人、20世紀末には66億人、2050年には92億人にふくれるといわれている。1秒間に3人増加する。人類はうまく進化できたのか。『塵類を生む人類』なんて言われている。道具を使うんじゃなくて、使われていないか」

「原油の残りは、富士山をバケツに見立ててすくうとたったの6分の1しかないんです。30年後には無くなる。金は15年、銀は25年、銅は35年で無くなる。2001年の環境省の統計です。真っ先に影響を受けるのは、資源不足、高齢化、豊かぼけの日本です」

「内向き志向、自信喪失になってはいけない。一切即一、一人が皆のため、皆が一人のため・・・・」

「よりよい生活の追求は止められないが、私は並行して新しいモラルを導入すべきと思っています。人の生き方哲学の変革が必要です。
われわれは、『もっともっと』『まだまだ』『勝たなくちゃ』という
MMKで突き進んできました。高度経済成長が終焉しても、いい生活、便利さに慣れて夢を追い続けています。

今必要なのは、
節約する『もったいない』の
M
自分さえよければいいということを戒める『みっともない』の
M
お互いに感謝し共生を目指す『かたじけない』の
K
という新MMKこれが共生の心、日本的調和、東洋的共存の哲学です。これらは実は、日本の古くからの倫理、考え方で、今を生きる人々にもそのDNAはあり、共感できるはずです。このままではお先真っ暗、価値観の変革が求められています。ぜひ世界の人々と共有していきたいものです。」
       参考資料「サンデー毎日」2010年11月28日号
註:「かたじけない」とは、恥ずかしい。身にしみてありがたい。という意味で、羞恥心と感謝を意味する言葉である。
稲垣瑞劔先生は、「仰いでは讃嘆、伏しては慚愧」という言葉を残しておられます。

新MMKのもう一つの視点
松本紘(ひろし)京都大学総長のお話しを前住職から聞いて、非常に仏教的発想であり、東洋の英知の素晴らしさを良く表現していただき、うれしく、ありがたく聞かせていただきました。
総長のお話しを頭の中で復唱しながら本当にその通りだな!この新MMK(もったいないM・みっともないM・かたじけないK)を踏まえながら、自分自身のこの(Kかけがえのない人生)をもう一度しっかりと(M見つめ直し)、多くのいのちによって生かし生かされているいのちであると(M満ち足りた人生)を送ることが大切だな!と、あらためて思わせていただきました。

KMM人生
K・かけがえのない人生
「人身受け難し、仏法聞き難し」
(人間と生まれることは難しく、お釈迦様の教えに触れることも難しい)
「人は、この世の愛欲のきずなにつながれて生きているが、つきつめてみると、独り生まれ、独り死に、独り来りて、独りゆくのである。すなわち人それぞれの行いによって苦しみ楽しみの境界にすむ身になるのであって、すべては自分自身がその責任を負わねばならない。だれも、これに代わることはできないのである。」

M・見直し人生
やり直すことはできないが、今までの人生をしっかりと振り返り、過去のありようがどうであったかを見つめ直していくことはできます。見つめ直すことによって、今後どのように歩んでいくかという自省と展望が開けて行きます。
鈴木章子さんは『癌告知のあとで』という本の中で「癌は私の見直し人生のヨーイドンの癌でした。私、今、出発します。」と癌とスタート合図のピストルのガンをかけて、47歳で往生されましたが、教えに照らされ導かれることによって、癌と共に生きる人生がこれほどまでに深く、すばらしいものになるかということを教えてくれています。

M・満ち足りた人生
本当のものに出会うこと。鈴木章子さんは言う。「肺癌のベッドの上で気づいたこと。財産も肩書も主人も子供達も、死を目の前にして何の役にも立たない。全部はぎとられて、丸裸の人間がベッドの上に転がされているだけ、そこで大切なことは、心にどんな宝をいただいているかということである。」と。だからこそ、お悟りの言葉に出遇わなけらばならないのである。
出遇われ、救われた親鸞聖人のお言葉が、
「難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり」
(阿弥陀如来のはかりしれない広大な本願は、越えがたい迷いの海を渡したもう大船であり、なにものにもさまたげられないその光明は、煩悩の闇を破りたもう智慧の太陽である。)であります。
何とすばらしく、尊いお言葉ではないでしょうか。最高の宝ものであります。