2024年(令和6年) 2月 法話

怠ることなく、努め、励めよ 

新年から、能登半島地震、航空機事故など悲しい出来事で幕開けしました。
被災された方々、事故の関係者には衷心よりお見舞い申し上げます。また、一人ひとりが出来ること(たとえば、義援金をお送りする。能登の物産を購入する。等)をさせていただきましょう。

お釈迦さまの
人生(じんせい)は無常(むじょう)であるから、怠(おこた)ることなく、努(つと)め、励(はげ)めよ。
とのお言葉が胸に響きます。

このお言葉は、お釈迦さまのご遺言とも言われているものです。
「お釈迦様亡き後、弟子の私たちは何をたよりに生きていけばいいのでしょうか?途方にくれてしまいます。」との問いかけに対してお答えになられたものが、

「人生は代わってもらうことの出来ないものです。自らの人生は自らの足でしっかりと歩んでいきなさい。(自(みずか)らを灯(ともしび)とせよ!自灯明(じとうみょう))
そして、あなたたちのために説いた教えと戒律とを依り所として、この人生をしっかりと歩んで行きなさい。(法(ほう)(教え)を灯(ともしび)とせよ!法灯明(ほうとうみょう))と。
そして人生は無常である。諸々の現象は滅びてゆくものである。今、成(な)すべきことを明日に延ばすことなく、吐(は)く息(いき)、吸(す)う息(いき)の一瞬一瞬を大切に、怠ることなく、努力せよ。」と、修行に励むことを遺言されました。

「当たり前」になっている日常に、「そうでないよ!そうでないよ!」
「当たり前と思っている人生は無常であり、諸々の現象は滅びてゆくものである」だから、
先人から語り伝えられている「有(あ)り難(がた)い。お陰(かげ)さま。勿体(もったい)ない。」と、今、生かされていることを「南無阿弥陀仏」と手を合わす中に、「南無阿弥陀仏」とお念仏申す声の響きの中に感謝して日々を大切に過ごしたいものです。

『仏説(ぶっせつ)無量寿経(むりょうじゅきょう)』の中には、
「世間(せけん)愛欲(あいよく)のなかにありて、独(ひと)り生(うま)れ独(ひと)り死(し)し、独(ひと)り去(さ)り独(ひと)り来(きた)る。行(ぎょう)に当(あた)りて苦楽(くらく)の地(じ)に至(いた)り趣(おもむ)く。身(み)みづからこれを当(う)くるに、代(かわ)るものあることなし」

(意訳) 人は世間の情にとらわれて生活しているが、結局独りで生れて独りで死に、独りで来て独りで去るのである。すなわち、それぞれの行いによって苦しい世界や楽しい世界に生れていく。すべては自分自身がそれにあたるのであって、だれも代わってくれるものはない。
と、現実の厳しさを説き示されます。この人生を「法灯明」である「南無阿弥陀仏」のお念仏の教えをしっかりとお聴聞して歩まれることをお釈迦様・親鸞聖人は願っておられるのです。