法のたより〔268〕
新年度を迎えて「オアシス」の毎日を!
みなさんは「毒親」という言葉を聞かれたことがありますか?
そして「家族じまい」という言葉を?
私はこんな言葉があることを知りませんでした。ビックリしました。親の子どもに対する「虐待」のニュース等は見聞きしていましたが、まさかこんな言葉で表現されているとは!的を得た言葉にビックリしました。それに追い討ちを掛けるように「家族じまい」とは!!またまたビックリ仰天でした。
子どもへの暴言や虐待を繰り返してきた親=「毒親」。こんな親とは「もうかかわりたくない」親子の縁を切って親の介護や葬儀、納骨にもかかわりたくない。これがまさしく「家族じまい」ということだそうです。
何という時代になってしまったのでしょうか!?悲しいことです。
「毒親」も悪いと思いますが、「毒親」を育てた親御さんにも責任があると思います。


稲垣瑞剱先生は『人生の道しるべ-仏教の原理-』に
仏教では一切の生命存在は「因果業報(いんがごうほう)」の連続であると教ゆるのである。すなわち人間が一生涯「善(ぜん)」もしくは「悪(あく)」の「業(ごう)」(行為)を作ったならば、その「業」は「因果の法則」によって、必ず苦か楽か、善か悪かの報いを受けなければならぬ。その「報(むく)いの法則」を「業(ごう)道(どう)」とも「業報(ごうほう)」ともいう。
「業」の意味は、「善」「悪」の「行為」という意味であり、また人間の善悪の行為を原因として、その原因によって必ず「苦」「楽」の報いを受ける自然の法則を「業」という。仏教は人生百般の事象、苦楽、その他「生死」に至るまで「因果業報」の真理、「自業自得(じごうじとく)」の真理に基づいて解釈するのである。人生哲学の理論としては「業」によって人生問題を解釈することが最も正しく、また最も勝れた理論である。(中略)
仏教では「因果業報」を、その教えの基礎としておるから、たとい肉体はこの世で死滅しても、業報の真理(法則)によって、生きておる間に自分が造った善悪の報いは、この世で報うて来るか、次の生で報いるか、次の次の生で報いるか?必ず報うということを教えておる。それでこそ人間は端(たん)心(じん)正行(しょうぎょう)、身を慎(つつし)み、心を慎み、人に「親切」に、「勤勉」「正直」に、社会のためになろうと一生懸命に働くのである。また実にそれが人間性に合致した「人間らしき人間」というものである。
と、書いてくださっています。


このお言葉をしっかりと学び、身につけていくことが大事なことだと思います。
「因果はめぐる火の車 作る大工はなけれども 己(おの)が作りて 己(おの)が乗るなり」という言葉もあります。小さいときから自業自得をいましめる言葉として「良いことも、悪いことも、まんまんちゃん(み仏(ほとけ)さま)が見てはるよ!」と、諭していただき身を慎み、言葉を慎んでいくことを教えていただきました。
今はそんなことが見落とされてしまっているのかもしれません。
4月・新年度を迎えて、「オ・ア・シ・ス」をこころがけた日々をお過ごしいただきたいと思います。
「オ」おはようございます。
「ア」ありがとうございます。
「シ」しあわせです。
「ス」すみません。

