奈良 淨教寺

2026年(令和8年)7月の法話

のりのたより〔283〕

カルピス 創業者 三島(みしま)海雲(かいうん)(1878~1974) 

 カルピスの美味しい時期になりました。この美味しい「カルピス」の発明者が三島海雲という浄土真宗のお坊さんであったということをみなさんはご存知でしたか?

 1878年(明治11年)大阪・箕面市の浄土真宗本願寺派の教学寺(きょうがくじ)に生まれ13歳で得度。龍谷大学を卒業後、英語教師をしていましたが、23歳で中国大陸に渡り、雑貨貿易商をしていました。25歳の時、日本軍から軍用馬の調達を指示され、モンゴルに滞在していました。
 その時に「カルピス」の原点である「酸乳」に出会います。長旅、仕事の疲れで体調を崩し、命の危険に有った時、モンゴルの遊牧民が飲んでいた「酸乳」を勧められ飲み続けたところ体力を回復することが出来たそうです。そのときの事を「異郷の地で不老長寿の霊薬に出遭った思い」と記しているそうです。
 1915年(大正4年)日本に帰り、モンゴルの「酸乳」をヒントに今までに無い健康で身体によいものを多くの人に提供しようと製品開発に取り組みます。試行錯誤の末、完成した商品が日本初の乳酸菌飲料「カルピス」でした。1919年(大正8年)7月7日に発売されました。それ以来107年、その時代、時代の人々に飲み続けられてきた国民飲料です。
 その根底には、海雲の仏教精神(大乗精神)「自らの幸せは、他の幸せが有ってこそ。」という慈悲の心が宿されています。また、海雲の生涯の目標は「国利(こくり)民福(みんぷく)」すなわち「国家の利益となり、人々の幸福につながる事業を成す事」でした。
 1923年(大正12年)9月1日発生した関東大震災で、飲み水を求める人々に、冷たい「カルピス」を配って歩きました。海雲が住んでいた山手方面は水が出たそうです。それで被害をまぬがれた工場のカルピスの原液(ビヤ樽で十数本)を水で6倍に薄め、そこに氷を入れて冷たくて美味しい「カルピス」を飲んでもらい、多くの人々に生きる力を与えたそうです。
「カルピス」の「カル」は「カルシウム」の「カル」
「ピス」は?これは仏教の言葉サンスクリット語の「サルピス・マンダ」から来ているそうです。「サルピス・マンダ」とは仏教用語の「五味(ごみ)」の最高味「醍醐味(だいごみ)」のことで、『涅槃経(ねはんぎょう)』には、「牛乳を精製していくと、その味は、

①乳味(にゅうみ)→②酪味(らくみ)→③生酥味(しょうそみ)→④熟酥味(じゅくそみ)と、しだいに美味しいものに変化し、最後の⑤醍醐味(だいごみ)になると最高の味になる。その最高の味こそ涅槃の境地である」と説かれています。
その「ピス」を合わせて「カルピス」と命名されたそうです。ここにも甘くて、美味しく、滋養のある「カルピス」を飲んで、仏教の最高の境地、涅槃の境地を味わってもらいたいと言う海雲の願いが感じられます。
 イメージカラーの水玉模様も印象的ですよね。これは発売日の7月7日が七夕であることから満天の星空「天の川」をイメージして白の背景に水玉を配置しているそうです。
暑くなる夏、氷を入れた冷たい「カルピス」で体調を整え、お念仏とともに健康な毎日を過ごさせていただきましょう。

モンゴル時代の海雲
晩年の三島海雲
沙羅(ナツツバキ)
ヤブカンゾウ