法のたより〔286〕
お米と歌の奉納
平和へのメッセージ
9月23日(水)コーラス・コールピュアランドの時間にご指導いただいている荒井敦子先生の「まつぼっくり音楽の森ファミリー合唱団」のみなさま、奈良市の姉妹都市である「福井県小浜市」から萬徳寺さま、山岸御夫妻、有縁の方々がご参加いただく中で新米の奉納、歌の奉納をしていただきました。
その時の「ご挨拶」、子ども達の「平和のメッセージ」をご報告いたします。
「ご挨拶」
まつぼっくり音楽の森ファミリー合唱団
福井 忍さん
今年5月、ファミリー合唱団の方が私の実家、宇陀市向渕の正定寺にお参りくださった時のことです
お寺の前にある田んぼを荒井先生がご覧になって、「この田んぼのお米を作っておられるのは、どなたですか?」と尋ねられました。
私は「主人です。」と答えると、何も気づかずにいる私に先生はとても驚かれました。
「正定寺の阿弥陀様にいつも見守られて育っている田んぼのお米を奉納させてもらっている。こんなありがたいことはない」と、感激され田んぼに向かって合掌されました。
当たり前になっていた私は逆に驚き、家に帰り主人に伝えました。
主人は「あの田んぼは、水はけが悪いところもあっていつも作りにくい田んぼやな。としか思っていなかった。まして感謝の気持ちを持って育てたことは一回もなかったわ。」
「荒井先生は大事なことに気づかせてくれたな」と、私たち夫婦で先生に感謝し反省しました。
思えば主人が作ってくれている田んぼは全て正定寺を取り囲んでいます。
朝夕、本堂から聞こえてくる鐘の音、お勤めの声、お念仏の声を聞きながら育ったお米を淨教寺の阿弥陀様に奉納させてもらえると思うと感謝の気持ちが一層深まりました。
5月以来、大事なことに気づけた私たち夫婦は「ありがたいなあ」「もったいないなあ」と、稲の成長を見守り、無事に収穫を終えることができました。
今回このような大切なことに気づかせていただけたのは荒井先生のおかげです。
心より感謝申し上げます。
今年も無事にお米を奉納させていただき、淨教寺の阿弥陀様にお礼のご挨拶ができるという、今日のこの大切なご縁は、私たちも知らず知らずのうちに、仏様のお育てを受けているのだと、気づかせていただきました。
阿弥陀様、ありがとうございます。
「平和のメッセージ」
常岡 咲月(さつき)ちゃん
阿弥陀さまこんにちは、みなさんこんにちは、私は奈良教育大学付属小学校2年生の常岡さつきです。
私は3年前に淨教寺さんの山門の前で荒井先生に声をかけてもらいました。保育園からの帰り道、歌を歌いながら歩いていたら荒井先生に「いい声だね」と言ってもらいました。
そのことがきっかけでまつぼっくり音楽の森ファミリー合唱団に入りました。今日、淨教寺さんでのお米の奉納に初めて参加できてとても嬉しいです。
さて、私は今年の6月に戦争について考えることがありました。
学校で友達が喧嘩をしたときに、みんなで話し合いをしました。
喧嘩の中には友達を傷つけるひどい言葉がいっぱいあり、叩いているのも見ました。
担任の先生が、「喧嘩は小さなことに見えるけど、この小さな傷つけ合いが戦争につながるんだよ」と、教えてくれました。
私は先生の話を聞いてひどい言葉を言ったり叩いたりすると、どんどん大きな喧嘩になること。それが戦争につながると知って、怖いと思いました。喧嘩をしそうになったら嫌な言葉を使わずに友達の気持ちを考えて話し合うことが大切だと思いました。
「平和のメッセージ」
増井 毬乃(まりの)さん
阿弥陀さま、こんにちは。皆さんこんにちは。
私たちは8歳から97歳までの「まつぼっくりファミリー合唱団」です。私は大宇陀小学校5年生の増井まりのです。
私はお父さんと合唱団の7人で一昨年の夏オーストラリアに行きました。終戦の1年前にオーストラリアのカウラという町で悲しい事件が起こりました。
私たちはその事件が起こったカウラ日本人捕虜収容所の跡地に行きました。
そこは広く静かなところでした。
そこで1104人の日本人の兵隊さんが脱走しようとして、そのうち134人が亡くなってしまったのです。その兵隊さんたちは脱走しながら何を思ったのでしょうか。
「家族のみんなは今無事でいるだろうか」「私はもう死んでしまうのだろうか」
そう悩んで苦しんだのではないでしょうか。
私たちは静かな草原の上に作られたステージの上で「春が来た」と「ふるさと」を歌いました。
私は亡くなった兵隊さんたちに「気持ちが楽になってもらえたらいいな」と思いながら歌いました。
そして次の日その兵隊さんたちが眠る墓地に行って「ふるさと」を歌いました。
また少し離れたところにあるオーストラリア兵の墓地ではウォルシング・マチルダ(オーストラリア連邦 愛国歌)を歌いました。
この2つの歌は両国の兵隊さんたちの心に響く、とても大切な歌だからです。日本の兵隊さんたちは、ふるさとに帰りたいと思っていました。けれど捕虜になって生きて日本に帰ると、裏切り者と指を刺され、周りの人からもいじめられてしまいます。だから敵に捕まって恥をかくくらいなら死んだ方がマシだと言って脱走したそうです。でも兵隊さんたちは本当は生きたかったはずです。
戦争はたくさんの生きようとする力を奪います。絶対にしてはいけないと思います。しかし今まだ戦争をしている国がたくさんあります。国同士どうしたら仲良くできるのでしょうか?
「それはお互いが、お互いの幸せを願うこと」「そして譲り合うことだと思います。」
私は5人家族です。家族が譲りって協力すると、家が明るくなります。
前に私が大好きで抱いていたぬいぐるみを、5歳の妹も抱きたいと言った時、私は迷いましたが思い切って妹に譲ってあげました。妹は笑顔になりました。そうしたら私も嬉しくなりました。そして家は明るくなりました。
国と国との関係も、よその国の人たちとの関係も、家族のことと同じように考えるとどうでしょうか。
お互いがお互いの幸せを願って、みんなが幸せになれるように願って、持っているものを少し譲り合えば争いが減って、世界も明るくなると思います。